18世紀後半になると
18世紀後半になると、こうした状態を打破し伝統的中華思想から脱却しようとする動きが興る。つまり北学と西学の台頭である。北学とは、清から文物を学ぶことを指し、西学とは清を通じて西洋文明を学ぶことを指している。両者とも清を夷狄視する17世紀の小中華観から抜け出したものであり、中でも西学においては、地球球体説により伝統的天円地方説(世界は中華を中心に方形の大地が広がっているとする地理的世界観)を打破し、また中華皇帝に従わないヨーロッパの王や皇帝の存在の発見を通じて政治的小中華観から脱却した。こうした動きにより、伝統的地理観、政治観が克服され、文化的優越主義の点においても中華が相対化され、崇明慕華に表れた中華を至上とする観点から脱却することになる。
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この結果、小中華思想から崇拝すべき大中華が抜け落ち、儒教文明化した朝鮮のみが唯一の華だとする朝鮮中華思想へと変貌を遂げることになる。これは儒教を唯一の文化とする儒教文化至上主義からの脱却までは至らず、逆に文化的至上主義の側面は強調されることになる。一方で、儒教文化至上主義の観点から観念的な民族的夷狄観から脱却し「元は夷狄とされた者でも、儒教を身に付けた者はもはや夷狄ではない」とする考えも浸透していくことになる。こうした流れの中、清に対する夷狄観が薄れることで政治的には北伐論が衰退し清を積極的に宗主国と認め、文化的にも清支配下の中国は「夷狄の中の中華」であり学ぶべきものがあると位置づけ、文物の輸入が図られるようになる。